本社での経験が礎に。
喜び溢れる職場をつくる
生産
管理
2012年⼊社
生産管理課 マネージャー
Y.Y
小諸村田製作所は県内でも有名な企業だと
思いますが、入社したきっかけと
仕事内容を教えてください。
私は上田市出身です。高校卒業後に前身の会社に就職し、現在まで 20 年以上この会社に勤めています。父親がサラリーマンで、毎朝カバンを持って、ネクタイを締めて家を出ていくという姿を見ていて、その姿がずっと憧れでした。実際に就職先を決めるときには、自分もサラリーマンになりたいと思っていましたし、この会社に決まったときは、家族からも「あそこの会社で働けるならいいね」と言ってもらえて安心しましたね。就職後に経営母体が村田製作所に変わったのですが、実は前身の会社のときに村田製作所ともお付き合いがあって。そのときの村田製作所の営業さんの印象がとても良かったんです。仕事が早いし、丁寧だし、すごく信頼できる営業さんだったので、自分も村田グループの一員になれてとても嬉しかったことを覚えています。今は、生産管理課という部署で納期係のマネージャーをしています。お客様から商品の注文を受けて売上計画を立て、工場に在庫はどう持つか、何をいつ、いくつ生産するのか、という計画を組む仕事をしています。私たちの部署は、個人作業が多いのですが、マネージャーとして、チームのメンバーが楽しそうに仕事をしている姿を見るととても嬉しくなります。メンバーの仕事を管理するという立場なので、仕事のやりがいや、喜びを感じられる環境を作りたいなと思っています。
転勤もあり全国で挑戦できる環境と伺いましたが、
Y.Yさんも転勤の経験があるそうですね?
私は京都の本社に 3 年転勤していました。前身の会社から村田グループに移行するときに、組織の再編成があり、その都合で京都本社へ行くことになりました。仕事内容は、前身の会社で担当していたこととほぼ同じだったのですが、村田製作所の本社だとこんなに規模が大きいのか、こんなに視野を広く持たなくてはいけないのかと衝撃を受けました。正直、レベルの差がすごかったですね。周りからのプレッシャーもあって、最初の 1 年半は本当に大変でしたね。ただ、その壁を乗り越えたらとても楽しかったですし、やりがいも感じられるようになりました。京都本社で担当していた仕事と、今の仕事では少し内容が変わりましたが、あの京都時代があったから、今の仕事もスムーズに進められていると実感することは多いです。転勤のおかげで成長できたと感じますね。家族も一緒に京都に来てくれたので心強かったです。子どもが生まれたばかりだったので、たくさん出かけられたわけではないですが、妻も京都生活を喜んでくれましたし、私も関西が好きだったので、プライベートな面でも京都に行けて良かったなと思っています。
休日もしっかり取得できるそうですが、
プライベートな時間はどのように過ごしていますか?
お酒が好きなので、コロナ禍になる前はよくお酒を飲みに行っていました。最近は家族でキャンプを始めました。長野県には良いキャンプ場もたくさんありますし、キャンプ場に行かなくても、自宅の庭でプチキャンプを楽しんでいます。あとはダイエットを頑張っています。最近突然子どもたちから「パパ痩せて!」と言われるようになって。理由を聞いたら「長生きしてほしいから」と言ってくれたんです。これはやらなきゃいけない!と思って筋トレを頑張っています。今はなかなか遠出ができませんが、いつか長い休みをとって、家族でハワイ旅行にいきたいですね。
働きませんか?